絵で見る脳と神経の病気 代表的な病気をわかりやすくご説明します

慢性の痛み

脊髄刺激療法

【脊髄刺激治療の歴史】

脊髄刺激療法は歴史のある治療法で、海外では1960年頃より行われています。日本では1970年ごろより開始され、1999年より現在の完全植え込み式刺激装置が健康保険の適応となりました。海外では毎年2万人に植え込みが行われておりますが、国内では未だに累積で5千人程に留まっており、国内での認知度が低いのが実情です。最近は、治療機器の開発・進歩によって安全性が増し、患者さんに対する負担もより小さくなり、国内でもこの治療を受ける患者さんが増加しています。

【原理】

手足で痛みを感じ、その痛みが神経を伝わって到達する脊髄には、痛みを脳に伝達する関門が存在し、この部分で痛みを調節しています。痛みを感じる場所に「ピリピリ」とした感覚を一致させるように、脊髄に微弱な電気刺激を行い、これを調節することで痛みを和らげる治療法です。

【効果】

この脊髄刺激療法は痛みの原因を除去する治療ではないので、完全に痛みがなくなるというより、痛みを和らげることを目的とした治療法です。この治療により半数以上の患者さんで痛みが50%以上和らぎ、薬の量や種類を少なくすることか可能となり、そのため日常生活が向上します。

【限界】

この脊髄刺激療法はすべての痛みに有効なわけでなく、効果が期待できる痛みは限られています。また、効果が期待できる痛みであっても長い間経過している痛みに対しては効果が薄れてしまいます。

ストレスや社会的背景など、心理や社会的な要因から生じる痛みには、脊髄刺激療法は効きません。

【脊髄刺激手術の実際】

・トライアル手術 (テスト刺激)

入院期間は1週間程度です。

手術の前日に入院していただき、翌日手術となります。

手術は、うつ伏せで局所麻酔を施したあと、腰の部分に針を刺して、この針を通して電極を硬膜外腔(脊髄を覆っている保護膜(硬膜 こうまく)の外側の空間)にゆっくり入れてゆきます。電極の方向と進んだ距離は、レントゲンで確認しながら行います。電極は柔らかく直径1.3mm程度です。この電極から脊髄を電気刺激し、痛みが感じる場所に電気刺激による「ピリピリ」とした感覚が一致する場所を、手術中患者さんに教えてもらいながら探り、理想的な場所に電極を設置します。

その後、電気刺激を発生させる刺激装置(だいたいタバコの箱の大きさ)に電極をつなぎ、連続で電気刺激を行います。刺激装置は軽く小さいので、手術後は自由に動くことが可能です。また、寝ている状態や起き上がった状態で電気の感じ方が変わってくるので、自分で程よい感じになる様に、患者さんは自分で刺激を切り替える、刺激の強弱を調整することができます。手術後3日目くらいから、痛みが和らぐ実感があります。よく効く患者さんでは、一番痛い時の50%~20%程度まで痛みが抑えられる感覚が得られ、日常生活が改善します。

我々医師は、患者さんが「50%以上痛みが和らいだ」、言い換えると「痛みがひどい時に比べ半分以上抑えられた」と感じた時に、脊髄刺激療法が有効と判断します。その他、患者さんが「ピリピリ」した感じを不愉快に思わないかなども重要な要素です。

7日間程度刺激をした後、電極を抜きます。通常電極を抜いたあと1~6か月程度は電気刺激により、痛みが和らいだ効果が持続します。

通常はトライアル手術(テスト刺激)による脊髄刺激療法を一度体験していただき、効果の判定を行います。

電極を入れる場所

電極を入れる場所

刺激装置の埋め込み

刺激装置の埋め込み

脊髄刺激療法

脊髄刺激療法

・刺激装置植え込み手術

電極を抜き、ある程度すると電気刺激の効果が減少します。その際に、脊髄刺激術を再度希望される場合、脊髄への電極挿入に加え刺激装置の埋め込みも行います。電極を入れる方法は、テスト刺激と全く同じです。テスト刺激との違いは、刺激装置を体の中に埋め込む操作です。刺激装置は、マッチ箱程度の大きさで脇腹やお尻など脂肪が多いところに埋め込みます。体内に刺激装置を埋め込み後は、痛み方や体の向きなどにあわせて様々な刺激の調整を、体の外から行うことができます。患者さんの感じ方にあわせた刺激の方法を調整し、痛みが和らぐことを目指していきます。体の外から行う刺激装置の操作は、患者さん自身も可能で、刺激の強さを調整し、快適な条件に変更することが可能です。

埋め込んだ刺激装置から流れる電気は微弱な電流ですから感電することや、音を出すことはありませんので安心してください。また流れる電流で、患者さん自身の行動や感情がコントロールされることはありません。埋め込んだところは、触ると奥にこぶがあるように感じられることがあります。

【合併症について】

脊髄を被っている硬膜の外側に電極を入れますが、まず電極はもともと患者さんの体になかった物なので拒絶反応が起こり、感染などの様々な反応が出る場合があります。また電極を入れる場所には、血管がたくさんあり出血の可能性があります。出血が多いと脊髄や神経を圧迫して障害を発生することがあります。機械的不具合として、電極の位置ずれと断線があります。これらの合併症は非常に稀ではありますが、その発生はゼロではありませんので、手術前に主治医から十分説明します。

【手術後の生活】

手術してしばらくは激しい運動を避けていただきますが、しばらくすると日常生活に制限はありません。脊髄刺激療法を行った患者さんは、刺激装置を自分で操作することが可能ですから、痛みの程度により自己調整してください。刺激に慣れてきたら、主治医と相談しながら薬の調整が可能となります。

埋め込まれた刺激装置は、病気の診断のために使われるMRI装置で誤作動する可能性があります。今は、MRI以外の装置でも病気の診断を行える可能性がありますので、まず医師に刺激装置を埋め込んでいると申告してください。必要ならば医師同士で連絡を取り、その対応を相談します。なおMRI検査に対応できる装置(一部)も、2014年1月以降に発売されております。

【刺激装置の交換】

脊髄刺激療法の刺激装置は、内部に電池が組み込まれています。日常電気刺激を加え続けるとこの電池が消耗し、将来交換することが必要となる場合があります。現在は充電式の刺激装置があり、定期的な充電を行うことで交換の頻度は、埋め込まれた装置と刺激の条件により異なります。具体的なことは、手術前の説明で詳しく行います。

【注意点】

脊髄刺激療法は、慢性の痛みに対する「ラストホープ」ではありません。「他の治療が効かないから最後にどうしても試したい」などといった患者さんの希望には、残念ながら答えられません。 慢性の痛みに対する治療は、一定の段階を積み重ねて行われます。慎重な問診と診察を経て、薬物療法や神経ブロックがまず行われます。他の病院で治療が行われた患者さんの場合でも、いきなり脊髄刺激療法が行われることはありません。麻酔科のペインクリニックで、薬の整理や神経ブロック治療の見直しを行ったあと、脊髄刺激療法が適当か検討されます。

脊髄刺激療法の特徴は、自分で感じる痛みの程度に応じて、刺激の強さなどを患者さん自身が変えられることです。ですから認知症などのため、ご自分で刺激装置の調整ができない患者さんは、治療の対象となりません。

痛みに対する内服薬などの治療法とあわせて、効果的な脊髄刺激療法を行うために、当院では麻酔科に所属する痛みの専門医と協力し治療を行っています。

刺激装置の埋め込み

刺激装置の埋め込み

刺激装置と刺激の流れ

刺激装置と刺激の流れ

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