To Fuse or Not to Fuse

担当:張 漢秀(外来担当日 木曜)

守柔曰強(柔を守るを強と曰う)とは、老子の深遠な哲学を表した言葉ですが、これが腰椎変性疾患の治療にもあてはまるような気がしてなりません。世の中では腰椎の固定術(fusion)が盛んに行われていますが、実際には、固定することによる不都合も多くみられます。当科では、できるだけ固定を行わず、腰椎のしなやかな柔らかさを保ちつつ、低侵襲な除圧を行っています。本稿では、腰椎の固定術の是非について考えてみたいと思います。

腰部脊柱管狭窄症に対して、腰椎の固定術が盛んに行われています。特に米国では、他の諸国に比べて、非常に高い頻度で固定術が行われているという報告もあります。ほとんどのケースで、金属を用いたinstrumentationが使用されており、医療費高騰の原因となっております。

歴史的背景

従来、腰部脊柱管狭窄症に対しては、単純な椎弓切除による除圧が行われていました。しかし、広範な椎弓切除は、どちらかというと侵襲の大きい手術で、術後当初はよくても、しばらくすると脊椎の不安定性により、症状の再発が起きることが懸念されます。腰椎を固定することによって、長期的に良い成績を得ることができるというのが、固定をする背景にある考え方です。ですので、腰椎に、すべり症などの不安定性がある場合に固定術が選択されるわけですが、はじめに述べたように、その選択には、地域や医師によってかなりの差があるのが現状です。

メリットとデメリット

腰椎を固定した場合、固定した部分は確かに安定するので、除圧効果を確実にできるメリットがあります。その反面、固定部位で腰椎の動きがなくなってしまいますので、固定した隣の関節に負担がかかり、時間がたつと関節の変性が加速されます。つまりヒトの脊椎が本来持つしなやかさを犠牲にした結果、上下の椎間に負担がかかり新たな病態を誘発し、時に追加治療を必要とすることがあります。これが隣接椎間病変といわれる病態で、固定後かなりの率で発生します。また、固定する角度も問題で、正常な腰椎の湾曲を保つような固定がなされず、少し前屈した状態で固定されてしまうと、患者さんは、それを骨盤の後傾などで代償しなければならず、ひどい腰痛の原因となります。

脊椎のしなやかな動きについては、筋骨格系の治療を得意とされる整形外科の先生から多くの事を学びます。しかし、神経の圧迫を解除するために病変に到達するためには、どうしても筋骨格系に侵襲を加える必要があります。そこで我々脳神経外科医は、体表から脊椎まで小さな侵襲でアプローチし、顕微鏡の視軸を大きく回転することにより、症状の原因となっている神経周囲組織を除圧する手術を行っております。

エビデンス

それでは、腰椎の固定術には、はっきりとしたエビデンスがあるのでしょうか?実は、驚くべきことに、はっきりしたエビデンスはありません。すべり症に対して、固定術の優位性の根拠として、Herkowitz and Kurz 1991、Bridwell 1993、Mardjetko 1994などの論文がよく引用されますが、詳細に検討してみれば、いずれも高いエビデンスを示した論文ではないことがわかります。また、2016年には、New England Journal of Medicineに、二つのrandomized controlled trialが発表されていますが、いずれも、主評価尺度で、固定術の優位性はありませんでした。

低侵襲除圧術

顕微鏡手術の技術を用いれば、除圧を行うのに、広範な椎弓切除を行う必要はありません。当科で行っている片側進入両側除圧術は、小さな皮膚切開で、椎弓や椎間関節を温存したまま、良好な除圧を行うことができます。このような方法で手術を行えば、長期成績も極めて良好で、すべり症があっても成績に変わりはなく、固定術を行う必要はありません。術後にスポーツを行うことも可能で、過去にも、バレリーナ、スキーヤー、マラソン・ランナー、剣道家などの手術を行い、いずれも従来の活動に復帰されています。最近では、手術後半年で、全日本テニス年齢別選手権のベスト・エイトに入賞された猛者の方もいらっしゃいました。

Salvage surgery

腰椎固定術後の隣接椎間病変に対するsalvage surgeryも多く手掛けています。他院で腰椎の固定手術を受けたものの、隣接椎間病変に起因する腰痛や下肢痛で苦しまれている方にしばしば遭遇します。このような場合にも、低侵襲の除圧術は有効で、しばしば劇的な改善をみることができます。

結論

腰椎変性疾患の治療では、ほとんどの症例で、固定術は必要ない、というのが私たちの考え方です。今後も、この方針に基づいて、更に研鑽を積んでいきたいと考えています。

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