腰痛下肢痛と下肢末梢神経絞扼性障害

担当:張 漢秀(外来担当日 木曜)

腰痛や下肢痛は、椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症によって起きることが多いのですが、見逃されやすいのは、下肢の末梢神経絞扼性障害です。診断がつかなければ、放置される一方で、正しく診断できれば、顕微鏡手術で絞扼解除を行うことにより、劇的な症状改善を得ることができます。近年注目を浴びている、上殿皮神経絞扼症を含め、下肢の末梢神経絞扼性障害について述べたいと思います。

1.末梢神経絞扼性障害と脳神経外科

上肢の末梢神経絞扼障害でも述べましたが、脳神経外科の手術の対象となるのは、脳、脊髄はもちろんのことですが、末梢神経の手術も含まれます。我々は、顕微鏡手術で、神経を扱うのを生業としているのですから、当然のこととも言えます。しかし、日本では、このことが、一般に周知されていない傾向があるのは、残念なことです。このことに関しては、脳神経外科医自信が、みずからの領域を狭めてしまう傾向が会ったのも事実で、我々自身の責任も多分にあるでしょう。いずれにしましても、顕微鏡手術の利益を患者さんが得られないのであれば、それは大変不幸なことですので、我々としても、今後、手術の研鑽を積むと同時に、情報発信もしていく必要があると感じています。

2.上殿皮神経絞扼

上殿皮神経の絞扼による腰痛は、意外と頻度が高く、手術で劇的効果が期待できることから、近年注目を集めています。上殿皮神経とは、腰椎のL2-4レベルから生じ、腸骨稜を乗り越えて、臀部の皮膚の感覚を伝える神経です。この神経が、腸骨稜を乗り越える部分で絞扼されることにより、腰痛を起こすのが、上殿皮神経絞扼障害です。症状は、腰痛が主ですが、意外に下肢に痛みが放散することもよくあります。この障害のために、腰を伸ばすことができなくなることもあります。

診断では、椎間板ヘルニアや、腰部脊柱管狭窄症との鑑別が重要になりますが、まずこの疾患をうたがってみるということが大切です。腸骨稜のやや下の部分を押してみると、鋭い圧痛があります。普通の圧痛と異なり、飛び上がるような痛さです。また、圧痛点に局所麻酔を注射してトリガー・ブロックを行うと、一時的に症状が著明に改善することで、診断することができます。

手術は局所麻酔で行います。圧痛点上に5cmの切開を置き、顕微鏡下に、上殿皮神経を確認し、絞扼を鋭的に剥離します。剥離が完了し、神経の絞扼が解除されると、圧痛も消失します。腰痛は、手術直後から消失します。

3.後側皮神経絞扼

上臀皮神経より少し上方には、後側皮神経(Posterior cutaneous nerve)があり、これも、絞扼障害を起こすことが知られています。この疾患は、まだ一般にほとんど知られていないかもしれませんが、腰痛の原因として無視できない疾患であると思われ、当科では、手術によって劇的に腰痛が改善した症例を経験しています。

腰神経後枝とは、腰神経の後方への枝で、背骨のやや外側から皮下に出て外側に走る神経です。上臀被神経と同様な感覚神経ですが、これが筋膜付近で絞扼されて、痛みを出すことがあります。

通常の腰痛と異なり、痛みの場所がピンポイントで、同部にはっきりした圧痛がある場合は、この病気を疑う必要があります。上臀皮神経の場合と同様、圧痛点のトリガー・ブロックが有用です。局所麻酔で、5cm程度皮膚を切開して、顕微鏡下に、痛みの原因となっている皮神経を同定して、絞扼を解除します。通常、症状は劇的に改善します。

4.外側大腿皮神経絞扼

外側大腿皮神経が、鼠経靭帯の部分で圧迫されて起きる病気で、別名、meralgia parestheticaと呼ばれます。同部から大腿外側にかけての痛みとしびれが特徴で、やはり、圧迫部位に強い圧痛を認めます。(ちなみに、この病気の世界最初の手術は、米国の脳神経外科医Harvey Cushingによっておこなわれています。)上記のその他の皮神経絞扼と同様、強い圧痛のある部位をトリガー・ブロックすると症状が著明に改善することで診断できます。

手術も、やはり局所麻酔による顕微鏡手術で、外側大腿皮神経を同定し、絞扼部を剥離して神経を除圧します。手術後、症状は劇的に改善します。

5.総腓骨神経絞扼

総腓骨神経が膝の下方外側で、腓骨頭を越えていくあたりで絞扼されるのが、総腓骨神経絞扼です。症状としては、下腿外側のしびれと痛みがあり、前脛骨筋が障害されて、足関節の背屈ができなくなり、下垂足を呈します。長時間の座位などによって神経が損傷され、総腓骨神経麻痺を呈することは比較的よくみられるのですが、多くの場合には、保存的治療で症状は軽快します。3か月程度たっても症状が軽快しない場合は、手術が考慮されます。

診断は、神経学的診察に加えて、同部位のTinel signがあれば、この疾患をうたがうことになりますが、腰椎椎間板ヘルニア等との鑑別は必要で、腰椎MRIは必須です。筋電図の検査で、腓骨神経障害が証明されれば、診断が確定します。

手術は、局所麻酔で、膝の外側に小さい皮膚切開を置き、顕微鏡を用いて、総腓骨神経を同定し、絞扼を解除します。

6.おわりに

腰痛や下肢痛は、腰椎椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症が原因となることが多いのですが、本稿でお示ししたように、神経の絞扼障害が原因となっていることが意外と多いと思います。この疾患を疑わなければ、診断がつかず、症状が良くならないまま放置される可能性もあり、注意が必要です。是非、診察室で、患者さんの腰を押してみて、強い圧痛がないかどうかを確かめていただけると幸いです。

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